「鹿×データ」から生まれた、地域課題と探究の新たなアプローチ

株式会社Rejoui が主導した「鹿の可視化プロジェクト」は、広島県安芸高田市を舞台に、地域資源としての鹿に着目し、捕獲場所などのデータをもとに行動傾向を可視化した取り組みです。
加えて、その可視化・分析の過程で得られた知見を、地域の女子高校生を対象とした探究学習・アントレプレナーシップ教育プログラムとしても展開。地域行政・企業・教育機関と連携しながら、「地域課題の見える化」と「地域人材の育成」を両立するモデル事例となりました。
本記事では、プロジェクト設計から分析手法、教育への展開まで、一連の取り組みをご紹介します。
目的:
1. 鹿に関する地域データを可視化・分析することで、資源の利活用や現状把握に基づいた意思決定を支援する
2. 地域の高校生に対して、実データを用いたデータサイエンス教育およびアントレプレナーシップ育成の機会を提供する
■ 関係組織と担当領域
担当 | 実施内容 |
---|---|
株式会社iD(現:株式会社cica)※1 | ジビエブランド「Premium DEER 安芸高田鹿」の商品および知見提供 |
安芸高田市 | 解体記録等のデータ提供および前処理工程における協力 |
生産者・狩猟者(ハンター) | 鹿の生態や行動、狩猟の実態に関する現場知見の提供 |
広島大学PSI・WiDS HIROSHIMA | 教育プログラムの共催 |
株式会社Rejoui | データ分析設計・可視化・教育プログラムの設計・運営 |
動画でもご覧いただけます。
鹿の可視化プロジェクト登壇動画(YouTube)
当社メンバーが登壇した外部イベントにて、本事例の全体像を紹介しています。
1. 鹿の捕獲場所データを可視化
背景と課題
広島県安芸高田市では、野生の鹿に関する地域資源の利活用が重要なテーマのひとつとなっています。
年間2000頭を超える捕獲実績がある一方で、狩猟の担い手となる人材の高齢化や人手不足といった構造的な課題も抱えており、効率的かつ持続可能な取り組みが求められていました。
こうした課題を前に、当社は、株式会社iD(現:株式会社cica)(※1) および安芸高田市の職員の方々と連携し、鹿に関する地域データの可視化に取り組みました。地域に蓄積されたデータをもとに、鹿の生態や行動傾向を視覚的に整理することで、関係者間の認識共有や新たな施策の検討を後押しすることを目指しました。
※1 株式会社iD(現:株式会社cica)
株式会社iDの新規事業であった “鹿と山に関わる事業” を株式会社cicaに事業譲渡。
両社共に金沢大基氏が代表を務める。
使用データ・分析手法
データの種類(元記録) | 解体記録簿(紙): 猟師が記録した個体番号・捕獲日・場所・性別・天候・捕獲手法・搬入重量等 |
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データ量 | 2021年(675件)、2022年(820件) |
データ収集・前処理 | ・紙帳票の提供データをExcel形式にデータ化 ・Pythonを用いたデータクレンジング、形式統合、加工処理を実施 |
使用言語 | Python |
実施したデータ分析 | ・時系列分析 捕獲頭数の推移を期間全体にわたって把握し、季節や曜日ごとの傾向の有無を確認 ・天候別の捕獲状況分析 晴天時と雨天時における捕獲件数を比較し、気象条件と捕獲傾向の関連性を検証 ・地図上の可視化(通称:シカマップ) 捕獲記録の所在地情報をもとに地図上にプロットし、時間軸の変化も加味した出没傾向の可視化を実施 |
データサンプル(ダミー)
実際に分析に使用された形式をもとに、匿名化・加工したサンプルです。
No | 月 | 個体番号 | 捕獲場所 | 搬入者 | 種別 | 性別 | 天候 | 搬入重量 | 狩猟方法 | 解体日 | 解体者 | 備考 | 緯度 | 経度 | エリア |
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1 | 4 | A001 | エリアA | 猟師A | 鹿 | メス | はれ | 9.5 | 箱わな | 2021-04-03 | 解体者B | なし | 34.684258 | 132.705032 | 北部 |
2 | 4 | A002 | エリアB | 猟師A | 鹿 | メス | はれ | 27.6 | ネット | 2021-04-04 | 解体者B | なし | 34.604233 | 132.698990 | 南部 |
3 | 4 | A003 | エリアC | 猟師A | 鹿 | オス | はれ | 18.8 | 箱わな | 2021-04-06 | 解体者B | なし | 34.606419 | 132.755417 | 東部 |
4 | 4 | A004 | エリアD | 猟師A | 鹿 | オス | くもり | 25.3 | 箱わな | 2021-04-06 | 解体者B | なし | 34.733868 | 132.699677 | 西部 |
5 | 4 | A005 | エリアE | 猟師A | 鹿 | メス | はれ | 19.1 | 銃 | 2021-04-06 | 解体者B | なし | 34.604233 | 132.698990 | 中部 |
取り組み概要
分析対象となったのは、地域のハンターが手書きで記録していた鹿の「解体記録簿」です。これらの紙帳票は、安芸高田市職員の協力により、Excel形式に手入力でデータ化され、分析可能な形に整備されました。
当社はこのデータに対し、Pythonを用いて、クレンジング・形式統合・加工処理を実施。過去2年分の捕獲記録を、時系列・気象・地理の観点から分析しました。中でも、捕獲場所の位置情報を可視化した成果物「シカマップ」は、鹿の行動傾向を直感的に把握できる情報基盤として、捕獲活動の重点地域や時期の見直しに役立つものとなりました。


2. 探究学習・アントレプレナーシップ教育への展開
本プロジェクトは、文部科学省の EDGE-PRIMEプログラム(大学発アントレプレナーシップ教育)の一環として、広島県内の女子高校生を対象としたデータサイエンス探求学習およびアントレプレナーシップ教育イベントへと展開されました。
当社は、イベント全体の統括を担い、教材化・カリキュラム設計・現地での授業運営まで一貫して担当。整備された鹿の捕獲データを教材に活用し、地域の高校生が「自分ごと」として地域課題に向き合う体験となるよう、プログラムを設計しました。

■ 実施概要
テーマ | 「データの可視化で安芸高田鹿をハントせよ」 |
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参加者 | 広島県内の女子高校生15名、大学生・関係者含む |
会場 | DEER LABO 安芸高田 |
主催 | 広島大学PSI × WiDS HIROSHIMA |
支援内容 | カリキュラム設計/教材開発/Pythonプログラム整備/現地ファシリテーション |
授業構成 | 課題提起 → 仮説立案 → データ読み解き → 分析 → 考察 → プレゼンテーション発表 |
食体験 | 地元ジビエ「安芸高田鹿のキーマカレー」を実食し、地域資源への理解を深める |
プログラムの意義と成果
このプログラムは、次の2つの目的のもとで実施されました。
1. アントレプレナーシップの育成と、データサイエンス分野への初期接触の機会を提供する
2. 安芸高田市の自然と地域風土にふれ、この土地における起業や地域で働く意義を学ぶ
アントレプレナーシップとは
課題を自ら発見し、価値ある解決策を創造して社会に働きかけていく姿勢や能力のこと。起業を志す人が多く学ぶ概念ですが、ビジネス全般をはじめ、地域づくりや教育、組織内の変革など、さまざまな場面で活かされる力です。
広島で暮らす学生が、身近な存在である「鹿」をテーマに地域データの分析に取り組み、地域課題の可視化と探究学習の両立を実現しました。









成果と波及効果
■ 可視化の成果
鹿の出没位置を「天候・季節・捕獲手法・性別」で分類・可視化することで、出没傾向を視覚的に把握できるようになりました。晴天時と雨天時で異なる傾向が見られるなど、捕獲効率に影響する要因を地理的に特定しやすくなり、現場における判断や方針検討を後押しする成果が得られました。
■ 教育的成果
参加した高校生たちは、可視化された鹿データ(シカマップ)をもとに仮説を立て、チームで分析・考察を行い、地域資源の新たな利活用策や狩猟手法の改善提案などを発表しました。
また、地域のハンターとの対話や質疑応答を通じて、実際の地域課題と向き合う姿勢が育まれ、データを通じた実践的な探究学習が展開されました。「自分たちが地域の課題に取り組む」という経験は、参加者の主体性と課題解決志向を育む、確かなきっかけとなりました。
高校生による分析と提案
A班の例では、複数の観点から分析を進める中で、「成体(25kg以上)と幼体(25kg未満)の出没分布には季節による違いが見られる」といった傾向や、「オスの捕獲割合が高い」という特徴を把握。これらの考察をもとに、冬季は北側エリアに箱わなを重点的に設置すべきだと提案しました。
例:A班「モーリーズ」の発表資料より

A班の考察
- 季節により成体(25kg以上)と幼体(25kg未満)の出没分布が異なる
- オスの捕獲割合が高い傾向
- 冬季は北側に重点的に箱わなを設置することで、効率的な捕獲に繋がるのではないか
このように、高校生たちはデータに基づいて地域課題を捉え、実社会とつながる実践的な探究学習を体験しました。
食体験を通じた地域理解の促進
昼食は、DEER LABO 安芸高田 にて地元ジビエ「Premium DEER 安芸高田鹿」を使用した鹿肉のキーマカレーを提供していただきました。美しく色とりどりに盛り付けられた一皿に、思わず「わあ」と声が上がる場面も。彩り豊かな見た目と鹿肉の旨みを楽しみながら、会話も弾みました。




地域資源としての鹿肉を実際に味わうことで、参加者は食を通じて課題と向き合い、地域への理解をより深める機会となりました。

振り返りと展望
鹿の可視化プロジェクトは、地域課題をデータで可視化し、地域に暮らす人々とともに解決策を考えるプロセスを形にした好事例です。今後は以下のような展開が想定されています。
- 森林内へのセンサー設置による自動データ収集
- 出没予測や捕獲支援の仕組み構築
- 鹿肉の「美味しさ」など、食資源としての定量的評価
- 類似課題を持つ他地域での展開と横展開モデルの構築

当社ではこの取り組みを起点に、地域やテーマを問わず、データ分析による課題解決と人材育成を両立する支援モデルの展開を進めてまいります。