日本国内のデータサイエンティストの人材不足が嘆かれる昨今だが、理工系の学生数は他国に比べ圧倒的に不足し、世界の成長スピードから取り残されてしまっている状況である。
こうした懸念を、教育・ビジネスの両面から打開すべくデータサイエンティストとして第一線で活躍している女性たちがいる。社会を生き抜く基礎教養であるデータリテラシーと問題解決力をいかにして身につけるか、日本の教育における現状をどのように捉えているのか話をうかがった。
横浜市立大学 データサイエンス学部
准教授 小野 陽子
東京理科大学工学研究科経営工学専攻にて博士(工学)を取得。計算機統計学をはじめ、抽象数学の自動証明システムの構築に従事する。2011年より横浜市立大学国際総合科学部にて統計と情報教育を担当する。2018年4月より同大学データサイエンス学部へ。2018年度よりWiDS TOKYO@YCUアンバサダーとして、データをストーリーで語ることを展開。
株式会社Rejoui
代表取締役 菅 由紀子
サイバーエージェントにてマーケティングリサーチ事業の新規立ち上げを経験後、ALBERTにて、データ サイエン ティストとして通販・製造業関連メーカー等様々な企業の分析プロジェクトに携わる。
2016年9月にRejouiを設立し、データサイエンティスト育成事業・独自の機械学習アルゴリズムを活用した学習サービスを展開。関西学院大学大学院ビジネススクール非常勤講師講師、データサイエンティスト協会スキル定義委員としても活躍中。WiDS HIROSHIMAアンバサダー。
データ・統計嫌いだった私が、データサイエンスの道へ
(小野先生が現在の道に進まれた経緯についてお聞かせください)
小野 :大学進学を考えていた頃、人間の概念についての研究に興味があり、医学部を志望していました。当時の私はとにかく統計や仮説検定が嫌いでした。でも、様々な要因があり、流れに身を任せるような形でなぜか理工系の大学に入学したのがきっかけです。
入学後、研究室は情報系に進むと決めていたのですが、中々マッチするところが見つかりませんでした。そんな中、情報でも統計でも数学でも、何でも好きな研究をさせてくれると噂の先生との出会いがあったんです。「ここで研究をすると、世界が見えるよ」と言われ、その研究室に入りました。
菅 :良い先生との出会いが人生を変えたんですね。
小野 :そうなんです。ただ、この頃の私は理論的な分野に興味があり、データ解析には全く興味がありませんでした。その頃はまだ今のようにデータがそこまで注目されていない時代でしたし。でも、その研究室にいるとデータ解析の依頼がたくさん来るんですよね。
依頼主の方々は、自分が欲しい答えをあらかじめもって依頼してくることも多くて。実際の分析結果を伝えると、がっかりされてしまうことがよくありました(笑)。
分析した結果が相手の思い通りにならないからとがっかりされてしまって、余計にデータ解析が嫌になり、理論がいいなと思ったりもしていました。
菅 :ずいぶん長いこと苦手意識を持たれていたんですね(笑)
小野 :そうなんです(笑)。その後就職して、数学の自動証明のためにコンピュータサイエンスを研究してみたらものすごく面白くて、「なぜコンピュータだけでできないんだろう?」「人間じゃないとできない事って何だろう?」という疑問にたどり着いたんです。そこから、統計やデータが面白いと思えるようになりました。
一方で、地方で女性が数学や統計を職業にしていることに対してマイノリティを感じるシーンの多さや、仮説検定の方法について誤った情報が世の中にたくさん出ているのを見て、このままではいけないという漠然とした問題意識を抱えていました。
そんな時に、横浜市立大学の国際総合科学部で数理情報系の教員募集があり、そのような問題を是正できるチャンスがなにかあるかもしれないと思いこの世界に踏み込みました。
大学で統計学を教えていると、なぜかみんな手あたり次第に円グラフを使いたがることに気づきました。今後社会に出る生徒にとってそこは非常に大事なことなので、検定やグラフの正しい使い方などをきちんと教えなければいけないという課題も見つかりました。
菅 :確かにそういう人多いですね。私はセミナーなどで社会人教育を行なっていますが、アウトプットしてもらうと、なぜかみんな円グラフにしたがります。 グラフ化すること自体はよいのですが、「そのケースでは円グラフじゃないよ!」と思うことも多いですね。どんなグラフで可視化するのかについては書籍も多く出ていますよね。
小野 :こういったシーンを目の当たりにすると、データサイエンス分野の教育の必要性をますます感じるようになりますね。その頃の横浜市立大は、私のほかにも数学やアルゴリズムの教員が集められていました。新しい数学の形として、データサイエンス・データ科学のコースを作って、理学をさらに盛り上げようとするタイミングでした。話し合いを重ねていくうちに、事務局長から「そんなに新しい数学が大事なら、新しい学部にすればいいんじゃない?」という提案があり、今のデータサイエンス学部が誕生しました。
菅 :もともとは学部を作ろう!というところからではなかったんですね。
小野 :そうなんです。新しいコースを作ってデータで理学をまとめようというところが始まりでした。
データサイエンス分野における、マイノリティとしての女性
(R²は「女性×データサイエンス」をテーマにしたメディアですが、お2人からみてこの領域の女性の活躍についてどう思われますか? )
菅 :女性が全くいないわけではない、けれども少ないのは確かです。私自身はデータサイエンティスト協会の活動を通してシンポジウム登壇のような機会も度々いただいてきたので、女性がマイノリティであるとそこまで認識していませんでした。
しかし先日、自社で「女性マーケター×データ活用」のイベントを開催したときに、登壇者を見つけるのにものすごく苦労したというエピソードがあります。
小野 :なぜでしょうね?マーケターには女性がたくさんいますし、マーケティングはデータなしでは語れないと思うのですが・・・
菅 :そうなんです。こちらからも、登壇していただくにふさわしい実力のある方々にお声がけしたのですが、「私はデータサイエンティストじゃない」「私なんて無理」「会社に反対されるかもしれない」など、様々な理由で何人もに断られました。もちろんこれは女性に限った話ではないかもしれませんが、女性のほうがこういった理由で前に出てこないことが多いように思います。
私たちのようなスタートアップでは「キャリアを積んで、どんどんアピールしよう!」と送り出される風潮がありますが、日本では今もなお大半の組織がこの点において閉鎖的です。最終的に登壇者はきちんと見つかり、当日はものすごくいいセッションになりました。
データサイエンティストという言葉が世の中に広まる前から自分自身でデータを扱ってきた人はたくさんいるはずなのに、「私はデータサイエンティストです」と堂々と言えずにいる女性が多いように感じます。
小野 :やはり「サイエンス」と名がつくことで、心理的に大きな障壁ができるのではないでしょうか?
菅 :「リケ女じゃないと!」みたいな雰囲気はあるかもしれませんね。 私は実は文系(経済学部)出身です。理系でないといけないと感じたことは正直ありませんね。
小野 :日本の教育現場では特に、文・理の意識が強すぎるように思います。「サイエンス」と名がつくだけで専門領域の印象を強く与え、学びづらいと判断されてしまうことがある。文・理の仕組みを早く変えたいです。
(社会人をデータの領域で育成したり、未来の選択過程にある学生を育成するにあたり、現状で抱えている課題はありますか?)
小野 :やはり理系学問に対する苦手意識でしょうか。日本の理系は、物理と化学が障壁になっていると思います。理系に苦手意識が生まれるのは、数学ではなく、実は理科についていけなくてあきらめているのでは?とも。
菅 :私も学生時代は、化学で全然点数がとれなくて苦労しました。
小野 :理系では、ここまで難しい理科の知識は必要か?と思わされるような範囲まで、大学入試で必須になっていたりします。こういった点で、サイエンスに対して苦手意識が生まれてしまうのではないでしょうか。
菅 :あると思います。いまビジネス界で活躍してるデータサイエンティストは、物理系出身の方が多い印象はあります。その点はどうですか?
小野 :物理のほうが使うモデルがしっかりしていることが多いけれど、学校教育における物理の授業は、面白みを感じてもらうのが難しい科目でもあります。学生当時は、法則と式で記号の塊が日常とどう結びつくのかわからないまま覚えなさいと言われていたのでそこは勉強する側としては辛かったです。
菅 :たしかに、大人になって専門書を読むと用途が理解できて、今になって読めばおもしろいのになぜあんなにつまらなかったのかと思うことがありますね。教育に携わる身としては、そういうところをなんとかしていきたいと思いますね。データサイエンス学部にくる学生たちもそういう傾向はありますか?
小野 :文系出身者もいるので、理科系科目には苦手意識を持っている人もいます。
文系を選択した学生が、受験のために数学のみで受験をしたり、志望大学に入るために学習範囲を削りに削って、「最少の努力で得意科目のみで勝負する!」というような学生をよく見かけますが、どの科目も一度捨ててしまうとあとから追いつくのが本当に大変です。現状のままの文理教育には疑問を感じざるを得ないです。教育者として、科目を捨てずに学び続けることが大切だと教えていきたいですね。
菅さんは社会人向けの入門セミナーなどもされてらっしゃいますが、ビジネス界では文理教育の問題はどうですか? 苦手意識が強い人とか見かけますか?
菅 :私のセミナーにいらっしゃる方は、データ分析がビジネス上避けて通れないことや、社会にいかに役立つかをある程度理解してから受けに来てくださるので、理系分野に拒否反応を示す人はほとんどいません。
ただし教える身としては、できる限り数式を出さずに教えるように心がけています。相関係数や分散を算出するときに、公式そのままではなく手計算で答えを出させると、ストンと腹落ちして理解度が上がることも多いのです。
あとはいかに数字に対しての苦手意識を持たせず教えるか、という工夫を意識して身近な題材で教えるようにしています。そういう点では私自身は国語力が役立っていますね。
社会人と接していて近年課題だなと思うのは、「ベースになる論理性がない人」はどうしても一定数存在するということです。論理の構成力、仮説の立て方やそれへのアプローチの仕方、いわゆるデザインシンキングといわれるような能力です。 そして、思考体力、つまり思考の繰り返しに対する耐性がなかったり、音を上げるのが早い方も多いなと感じます。
小野 :「国語が苦手なので理系を選びました」、という逆パターンもありますね。でも数学的な論理力だけではダメなんです。何かを選択した時に「なぜそうしたのか?」を論理的に説明できないと意味がありません。これが出来ないと、社会で継続的に活躍するのが難しいんですよね。こうした能力を養うためには国語的な論理力が絶対に必要だと思っています。
女性の活躍が期待される、チーム×データサイエンス
(データサイエンス分野では、女性のどういった特性が活かせると考えてますか?)
小野 :まず、今後データサイエンス分野で必要になるのは、「横のつながり」だと思います。というのは、データサイエンスは今後ますます、チームでの取り組みが求められるようになると思っているんです。
データサイエンスの活用の幅が広がり、意見や必要な知識に多様性が求められています。これは女性に限った話ではありませんが、自分1人で遂行するのではなく、複数人でゆるいアライアンスを組み、協力しあっていける状態が大切になります。
女性が集まると世間ではすぐに「女子会」と表現されがちですが、決してそういう話ではなくて(笑)ある能力に特化した人が集まり、総力で最大成果を目指すという意味で、コミュニティにおいて自分の得意を持ち寄って協調しあうことに女性はわりと慣れているように思います。
また、女性は家庭での役割が大きい人が多く、フルで時間を使えないことも多いです。そういった意味でも、「誰かと協調せざるを得ない」のです。これは、女性の特徴と言えるのではないでしょうか。
菅 :一般的にデータサイエンティストは、専門職で、一人で没頭として仕事をするイメージを持たれがちですが、大きなプロジェクトになるほど、3つのスキルセット(図1)のバランスを分け合って取り組むことが求められます。
女性に期待できると思うのは「段取りを考えて仕事に取り組む」能力でしょうか。最近は家事労働や育児労働に積極的に関わる男性がずいぶん増えてきましたが、日常的に家事育児を段取りしてこなす体験機会は、やはりまだ女性のほうが多く、業務プロセスを定めていくのは女性のほうが親しみがあるのではないかと私は考えます。
( 図1 ) 資料:データサイエンティスト協会プレスリリース(2014.12.10)
http://www.datascientist.or.jp/files/news/2014-12-10.pdf
小野 :ただ、最近よく言われるのですが、「分析したい該当商品が女性向けだから、女性のデータサイエンティストが来ないとできないでしょう。」と言われる風潮は少しだけ否定したいなとも思います。
本来はデータサイエンスに取り組む際は、「男性だから」「女性だから」という語り口ではなく、色んな人がいて多様性に富んだチームであることが重要なんです。
菅 :そうですね。私もこれまで男性向け商材の分析案件もたくさん引き受けてきました。 前職では、男性向けサービスの解析を長年にわたり担当していましたし、データ分析は、性別が異なるからできない、なんてことはないはずです。
小野 :もちろん、マーケティング施策を考える上では商材と性別の相性もあるかもしれませんが、世の中にある情報を活用するという視点では、あまり性別は関係ありませんね。化粧品業界であっても、男性のデータサイエンティストやマーケターはたくさんいます。
菅 :女性でないと男性でないと、という意見が出るのは言い訳になるかもしれませんね。課題の理解がまだまだ足りないのだと思います。
小野 :「女性だからお願いしたい」というのは入口としてはありがたい部分もありますが、データサイエンスは、男女問わず活躍できる分野であるということは今後も主張し続けたいです。
(最後に、どのような人材がデータサイエンティストに向いていると思いますか?)
菅 :さきほどもお伝えしましたが、デザインシンキングができて、思考体力がある人。それから、いろんなことに興味がある人が向いていると思います。
小野 :同感です。ただ数式いじって算出してみた、ではなくて、データはとても奥深いものなので 必ず バックグラウンドがあります。自身の専門外のデータであっても、データに対して探りに行き、理解を深めようとするということが大切です。
菅 :探求心は大切ですね。思考するために探求できるかどうか。これは、仕事の場合は責任感とも言えるのではないでしょうか。
それから、今後のデータサイエンスにおいて重要な要素として「ストーリーテリング」も欠かせません。言いたいこと・伝えたいことがあって、そのために必要なビジュアルをもってして伝えることができる能力です。
小野 :まさにそうですね。やはりストーリーが人を納得させ、行動を変える。恐らくこの部分はテクノロジーだけでは成しえないですね。