人事データ×AI活用で、日本の幸せ量をダイレクトに増やす

「働き方改革」が声高に唱えられる昨今、注目されるのは人事領域で取得されたデータをいかに組織づくりに活かすかということ。組織改善プラットフォーム「wevox」を提供するアトラエのデータサイエンティスト杉山聡氏と、人事データに特化したデータ分析・コンサルティングを行なっているRejouiの代表取締役 菅由紀子氏が、人事領域のデータ活用の未来について語った。

株式会社アトラエ
データサイエンティスト 杉山 聡

東京大学大学院にて博士(数理科学)を取得の後、株式会社アトラエに入社。同社の1人目のデータサイエンティストとして、組織改善プラットフォーム wevox のデータ分析機能開発を手がける。また、ワーク・エンゲイジメントの第一人者である慶應義塾大学の島津教授と、仕事と余暇の関係についての研究を遂行中。

株式会社Rejoui
代表取締役 菅 由紀子

サイバーエージェントにてマーケティングリサーチ事業の新規立ち上げを経験後、ALBERTにて、データサイエンティストとして通販・製造業関連メーカー等様々な企業の分析プロジェクトに携わる。
2016年9月にRejouiを設立し、データサイエンティスト育成事業・独自の機械学習アルゴリズムを活用した学習サービスを展開。関西学院大学大学院ビジネススクール非常勤講師講師、データサイエンティスト協会スキル定義委員としても活躍中。

組織改善を行なう上で重要なのは、「デジタルとアナログの良いとこどり」

菅:アトラエさんでは、人事データをスコアリングして組織の課題発見・改善に役立てるサービス「wevox (※ )」を提供されていますが、今後より働きやすい環境を実現するために大切なことはどんなことだとお考えですか?

※wevox:従業員へのアンケートをもとに組織の状態を可視化し、課題特定と改善策の実施を通して組織改善のサイクルを生み出すサービス。アンケート項目や分析機能はワーク・エンゲイジメントの権威である慶應義塾大学の島津教授とともに開発。リリース後2年で、生産性向上、離職率低減、管理職育成を目的に、750社超への導入実績あり。

杉山:大切なのは、デジタルとアナログのいい所を融合することだと考えています。HRのデータを見ているだけで自動的に組織が改善される訳ではありません。ただ、データ分析から得られた結果からさまざまな仮説を持つ事は大切です。実際、「wevox」で算出されるスコアも、それを眺めるだけでチーム改善の方策がみるみる浮かび上がってくるような、魔法のアイテムではありません。そのスコアをもとにチームに関わる全員が様々な角度から議論することで、本当の課題が見えてきます。

菅:シェアすることによって、チームが話し合うきっかけが生まれるのはとても大きいですね。話し合いの中で「なぜこのスコアになるのか」が解明され、新たな課題や良いアイディアが生まれることに繋がりますね。

杉山:最近だと、僕と学生インターンとの間でディスカッションを行なったときのエピソードがあります。学生と僕の関係では、どうしても上司・部下というような上下の関係性が強くなりがちです。そういう状態でストレートに「最近困ってることある?」と聞いても、素直な意見ってなかなか引き出せないんです。でも、データに基づくスコアをみながら「納得感ある?」みたいな聞き方をすると、これまで聞けなかった本人の事情や率直な意見がもらえたため、実りあるディスカッションができました。結果、その場にて課題特定とそれに対する施策までが出揃い、スコア改善につながったことがあります。

菅:学生もいる環境だと、マネジメントの課題も特殊ですよね。Rejouiにも大学生のインターンが所属していますが、社会人と異なり仕事をした経験も少ないので、仕事をどの範囲まで任せるか、どのようなフォローをするかということにはかなり気を遣っています。これは新卒への対処とも似ていますね。
一言で「組織」と言っても働く人それぞれで事情が異なるので、パフォーマンスをあげるために一人ひとりに合った環境を整えてあげることはマネジメントの大きな仕事です。この点で役立つのが、人事データの分析ですね。

杉山:そうですね。もう、活かしどころしかないです(笑)。従来の組織では、マネジメントに指名された人が自力でメンバーの状態を把握することが多かったと思います。仕事を楽しんでいるのか、不満を持っているかなどを日常のコミュニケーションで情報収集していました。組織に蓄積されたデータがあれば、相手の状態をスコアリングによって可視化することができます。データによって大まかな状況を把握できるので、それをもって直接対話した際に表情や声の調子から、相手の異変に気づくことも可能です。

「組織課題の解決は誰の仕事か?」
データを通じて、宙に浮いていたボールの所在が見える

杉山:組織課題の解決を目指す際、よくクライアントから声があがるのは「課題の解決は誰がやる仕事なのか?」というもの。解決すべき課題があるということは皆漠然と思っている一方で、その責任の所在が明確でない企業が多くあります。データを使って課題が明確化されることで、誰が解決すべきかのボールの所在がはっきりすることも、組織改善の第一歩として大切です。

菅:組織課題そのものを取り扱う責任者がいるのではなく、課題によって解決すべき人が異なるので、具体化することで「自分が解決しなくてはいけない」とメンバーが自分ごと化できるのも利点のひとつですね。
たとえば、同じチームに健康に課題を抱えるメンバーがいた場合、「原因は何だろう?」「定時で帰れるようになれば解決する?」といった議論のように共通認識の課題に対して解決策をみんなで話し合っている状態も、良い組織につながる活動のひとつです。

杉山:まさにその通りですね。データでは、「健康に課題がある」というところまでは把握できるのですが、原因は現場で議論しなければわかりません。睡眠不足によるものなのか、それは家での夜更かしなのか。労働時間が長いとしたら、1人の仕事量が多いのか、効率の問題なのかなど。
データ分析が与えてくれたきっかけをもとに現場で議論して、見えてきた課題ごとにしかるべき人が行動を起こす。これが、データと人間のいい協働の形だと思います。

人事データは人材の監視ではない。
作りたいのは「人を幸せにするAI」

菅:私は組織づくりの原点は「企業理念への共感」だと考えています。そこに感情を寄せてくれた社員が長く働いてくれる人材になります。こういったいわゆる「エモい」データについて、今後アトラエ様ではどのように表現しようとお考えですか?

杉山:我々が提供している「wevox」はエンゲージメントを測ることに特化しており、「エモい」データを直接は持っておりません。今後は、より一人ひとりの状態を把握するために、今見えていないアセスメント系(人が保有する能力や資質を、客観的に評価されたデータ)もぜひ取り入れたいと考えています。一方、今開発中の分析によると、周囲からのサポートを重視する人もいれば、やりがい・裁量・成長実感を重視する人もいるということが徐々に見えてきています。データの中からエモさを取り出して、組織改善に活かせないかと密かに画策しております。

菅:人事データを取得する仕組みとして、メンバーが身に着けられるスマートデバイスのようなものを取り入れることは考えていますか?

杉山:それは理想的ですね。データの取得が重要とはいえ、答える側の立場になると何度も質問に答えるのは手間ですよね。極端な理想を言うと、生活しているだけでデータがとれる状態は最高です(笑)。ただ、プライバシーの侵害や監視されているような気持ちにならない工夫は必要です。社員の感情も考慮したうえで、「人に寄り添う、人が幸せになるためのAI」を作りたいと思っています。

菅:素敵ですね。データ分析の目的は、メンバーが健康的に働ける環境をつくることだと私も思っています。Rejouiでも私が外出続きの時は、その間の社内メンバーの状況はかなり気になります。何かがみんなの負担やストレスになっていないか?をいつも気にかけています。その状態が可視化できたらいいなと思います。

5G時代の到来。
データ活用が当たり前の社会では、
何をするかのアイディア勝負

菅:人事領域はまだまだ進化の余地が多くありますが、杉山さん自身はこの領域の未来にはどのような期待をお持ちですか?

杉山:これから5G時代が来ます。そうすると、流れるデータ量の桁が変わり色々なデータがとれる時代が来ると思っています。そこへの期待はありますね。

菅:たしかに取得されるデータのバリエーションは増えますね。取得できるデータの精度も上がるでしょうし、そこから何が見えるのかはとてもワクワクします。
とはいえ、私自身はデータの量が増えても本質的にやることはあまり変わらないと思っています。分析者として持っておくべき姿勢、人事データを働きやすさに活かしていくかに大切な価値観は変わりません。

杉山:まさに。得られた結果の先のアイディアが勝負ですね。

菅:データが取れる・分析出来るのどちらも当然の時代の中、発想力と推進力が重要になっていくと思います。チームや組織を語るときに、想像や憶測で語るのではなく、データを見て根拠ある内容を語れるような社会になってほしいなと思います。

人々が活き活きと仕事をできる世界が実現できたら、これほど価値のあることはない

菅:最後に、今後の人事領域にかける熱い想いがあればお聞かせください。

杉山:この領域は本当におもしろいですよね。「ワーク・エンゲイジメント」という言葉があります。趣味に向き合うようにポジティブに働くことを表す言葉なのですが、自分の好きなことや趣味は人から頼まれなくても、お金をかけてでもやる人が多くいます。さらに、やったら疲れるはずなのに「元気がもらえる」といった矛盾したことも起こります。それを仕事の文脈でも実現しようという考え方です。
この点で指標化して国際比較すると、日本はかなり低く、北米やヨーロッパは高いです。多くの人が1日に活動している時間の半分近くを仕事に費やしているので、その時間を誰もが活き活き過ごすことができたら、それは日本の幸せ量をダイレクトに増やすことにつながります。個人的にそこに貢献できることに喜びを感じます!

菅:アトラエさんご自身も「働き甲斐のある会社」として表彰されたご経験をお持ちですが、どのような工夫をされているのでしょうか?
※Great Place to Work発表の『働きがいのある会社』ランキング2018で、株式会社アトラエは1位入賞

杉山:実は、データやAIの活用以前に、組織・チームの状況について話し合う機会が非常に多いのが特徴です。メリットは、一緒に働く仲間がどんな価値観をもっているかをお互いに知ることができ、相手にとってのHappyを知ることができる点です。これが、より仕事をベストな状態で行なおうという社風にもつながるんです。
この点に関して、特に「wevox」チームでは積極的にその時間を設ける働きかけをしています。定例mtgとして毎月チームを振り返る場を設けていたり、毎週月曜日の朝に1時間かけてチームの目指す方向を話し、さらにそれを他のチームに共有しています。
また、金曜日の夜だけは特別に違うのも特徴です。普段は目標設定に対しての成果に視点を集中させますが、金曜日だけは成果でなく「何ができたか」を見て、「自分は今週ここまで頑張った!」と気分を上げて帰るようにしています。

菅:いいですね。Rejouiも金曜日は昼間からTGIFのイメージで、メンバー全員で過ごす時間を設けています。福利厚生で取り入れているヨガレッスンをしたり、勉強会をしたり。いつもと違うことに目を向けてリフレッシュするのも大切ですが、メンバー全員が顔を合わせるということをとても重要視しています。アトラエさんのように短期的な課題の遂行についてチームのトピックを話すことはなかったので、ぜひ真似したいです。

杉山:Rejouiの金曜日、いいですね。楽しそう。

菅:楽しく週末を終わることは、Rejouiの大切な文化です。

対談・インタビューカテゴリの最新記事